付属校らしい付属校は29校
首都圏の私立中学で、併設大学に50%以上が進んでいる付属校らしい付属校はいまや29校程度しかない。
男子校が7校、女子校が6校、共学校が16校と、共学校が圧倒的に多くなっている。
日大系5校、慶應系3校、明治系3校、立教系3校、東海大系3校、学習院系2校、法政系2校と、特定の総合大学に70%以上が集中している。
付属校らしい付属校自体が激減している。
それも以前多かった女子大系の減少が著しい。
受験生サイドからすると、総合大学でないと進路面から選択しにくい……そうしたことが読み取れる。
とりわけ日大系、明治系、東海大系の人気が目に付く。
明治系は明大明治の移転・共学化と大きな話題があってあちこちで盛んに取り上げられたので、こうした状況も十分理解できる。
では、日大系、東海大系はどうしてなのだろうか。
易しい学校でも受験生活は大変
お母さん方と接していて感じることの一つに、「偏差値が高い学校の受験だから受験生活が大変、易しい学校だから楽」ということはないということがある。
中学受験を知らない周辺のひとは、受験校のレベルが高いほど受験生活が大変と思っているが、確かに勉強時間面ではそうしたことは言えても、受験校のレベルと母親の苦労との間にはむしろ相関関係はないと言った方がいい。
易しい学校を受けるケースでは、往々にして子どもの意識が受験生になっていない。
とりわけ男の子にそうした傾向が強く、そのためひっきりなしに親子バトルが繰り広げられることになる。
この受験生活のしんどさが、「もう2度とこんな経験はしたくない」と、付属校を選ばせるのではないだろうか。
それにしても、「大学全入時代」と言われるいま、中学から付属校を選ぶ理由は他にあるのではないだろうか―ずっとそうした思いが付きまとっていた。
ふと、保護者の意識が気になった。
保護者が体験した大学受験時代の状況はどうだったのか。
そこに思い至り、今回20年前の大学入試状況を調べてみた。
保護者の大学受験時代は「私高国低」
4年制大学の数は474校。
保護者が大学に進学した当時は、文字通りバブルのさなか。
それでも当時の大学・短大進学率は36%程度だった。
20年前の「共通一次試験」時代は、国公立大学は実質1校受験。
共通一次試験導入により1期校、2期校の別がなくなったためである。
これにより大変な勉強をしても国立大学を1校しか受験できないのでは割に合わないとの考えが広がり、また1校しか受験できないことで、国立大学志望者のスベリ止めとして私立大学の人気が急激にアップした。
またバブル景気で、誰もが東京ないし東京周辺の大学で学びたい(実情は遊びたい)、地方の家庭でも子どもを東京へ出せる家計状況でもあったために、首都圏の私立大学が軒並み難化した時代だった。
「私高国低」と言われ、東京の私立大学がいまよりずっと難しかった時代。
保護者の潜在意識の中に、当時のそうした状況がしっかり残っており、それがいまの付属校志向へと地価水脈のごとくつながっているのではないだろうか。

2009年1月20日












































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