4月5日、アメリカのオバマ大統領はチェコのプラハで、核兵器廃絶の実現に向けての演説を行った。
核兵器がしだいに広がりつつある世界の流れを変えるきっかけになるのだろうか。
今回は、核兵器の開発とその削減、廃絶への動きをとりあげる。
核廃絶の追求を約束したオバマ大統領
「米国は、核兵器保有国として、それを使ったことがある唯一の国として、行動する道義的責任がある。」
「私は核兵器なき世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、確信をもって明確に表明する。」
最強の軍事力は世界一の大国としてのアメリカの地位を支える大きな要素だ。
そして質、量ともに圧倒的な核武装はその柱である。
それだけに、現職の大統領がこんな発言をすることは驚きというほかない。
オバマ大統領は、当面は抑止力としての核兵器が必要であること、核兵器なき世界は自分が生きているうちには実現しないことを語りつつも、核軍縮→廃絶に向けた具体的行動指針を示した。
当面の目標として、ロシアとの戦略兵器制限交渉の再開や、包括的核実験禁止条約の批准などが挙げられている。
この演説への反響は大きく、世界の多くのメディアから賞賛の声が上がっているが、一方、米国内では「そんなことは無理に決まっている」という現実主義的な批判があり、また、他の核保有国もとくに賛成している気配はない。
歴史に残る可能性もある「プラハ演説」が、利害の絡み合った現実の世界にどれだけの力を持つことが出来るか、アメリカ政府の今後の動きとともに、国連、国家、市民などの受け止め方が問われているといえるだろう。
核兵器の開発
核分裂の連続的な反応によって巨大なエネルギーが放出されること利用した核兵器の開発が始まったのは第二次世界大戦のとき、アメリカとドイツにおいてであった。
アメリカの研究が本格化したのは、1939年に、アインシュタインが時のルーズヴェルト大統領に、ナチスドイツが核兵器を開発する恐れがあると、手紙で警告したのがきっかけである。
国内外の著名な物理学者がロスアラモス研究所に集められ、秘密裏に原子爆弾が製造された。
若手の研究者として参加していたリチャード・ファインマンは、実験が成功したとき、その重大な意味を理解していたのは限られた人物だけだった、と回想している。
彼自身を含め、多くの学者が原子爆弾の恐ろしさに気づいたのは後になってからであった。

2009年5月22日









































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