10月1日、中国では建国60周年の祝典が催され、大規模なパレードが行われた。
60年というのは、中国4000年の歴史の中でいちばん新しい現在の中華人民共和国のことだ。
こうした節目の年には入試で採り上げられることが多いので、受験生は要注意。
少し硬い話になるが、同国の建国とその後の歴史をおさらいしよう。
6世紀以降の王朝の移り変わり
中華人民共和国以前の3900年分を、まず駆け足で振り返る。
確認できている最古の王朝は、紀元前1600年頃にあった殷(いん)で、ここから中国の歴史が始まる。
そのあと、色々な王朝の盛衰があった。よく知られているのは、始皇帝の秦、紀元前後をはさんだ時代の漢、3世紀の魏・呉・蜀のいわゆる三国時代、その後の晋などだが、受験生に覚えておいてほしいのは、6世紀末の隋以降である。日本の時代との横のつながりで押さえておくことが大切だ。
隋は聖徳太子の頃。
唐は7世紀から10世紀初めまでなので、聖徳太子の後から平安中期まで。
宋は10世紀半ばから13世紀半ばなので、平安時代末から鎌倉初期。
元は13世紀半ばから14世紀半ばなので、鎌倉中期から室町初期。
明は14世紀半ばから17世紀半ばなので、室町初期から江戸初期。
清は17世紀半ばから20世紀初頭なので、江戸時代から明治末までである。
中華人民共和国の建国
19世紀末、清朝は日清戦争に敗れて国力の衰えが明らかになり、日本や欧米諸国に食い物にされる状態になってしまった。
そのような中、1911年に辛亥(しんがい)革命が起こる。
発端は、鉄道国有化に反発して起きた暴動だった。これがあっという間に省単位の独立宣言へと進行する。
1912年、民主革命の象徴的な人物であった孫文(そんぶん)が亡命先から帰国し、初代臨時大総統に選出されて、中華民国の樹立を宣言した。
まもなく孫文は、皇帝の退位を条件に、清朝の軍人、袁世凱(えんせいがい)に実権をゆずる。これによって、長く続いた中国の帝政は終わりを告げた。
袁世凱の死後、内部分裂が起こる。
1919年に孫文が中国国民党を、そして1921年には陳独秀が中国共産党を結成した。
1937年の廬溝橋事件で日中戦争が勃発。このとき両党は手を組んで日本と戦った。
1945年に日本が降伏し戦争が終わると、国民党と共産党の対立がぶり返し、毛沢東(もうたくとう)率いる中国共産党が、国民党を大陸から追い出して、1949年10月に中華人民共和国の建国を宣言する。
一方、台湾に逃れた国民党政府は、中華民国を名乗る。大陸と台湾にふたつの政府がある状況は現在も続いている。

2009年10月28日










































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