第2回 これから必要なチカラとは何か?
「情報処理力」から「情報編集力」へ
第1回目でも触れたように、日本は既に「成熟社会」への移行を果たしました。そこでは、子どもたちに必要とされる能力も、以前と比較して決定的に異なってきています。
これまでの成長社会で必要とされたのは、いち早く正解を見つけだすチカラ、すなわち「情報処理力」でした。20世紀後半の日本社会を牽引したのも、この情報処理力に優れたサラリーマンたちです。だれもが同じように豊かになることをめざして経済を発展させる上では、ものごとを「はやく」「正確に」処理することが、何より優先されました。学校でも、この「情報処理力」を伸ばすこと中心の教育が行われてきました。
しかし、これからの成熟社会では、ただひとつの「正解」を導き出すチカラではなく、個人が自分自身の価値観に照らして納得のいく「納得解」を導き出すチカラが重要となります。わたしはこれを「情報処理力」に対して「情報編集力」と呼んでいます。
「情報処理力」と「情報編集力」の違いは、それぞれ、ジグゾーパズルとレゴの違いにたとえることができます。
ジグゾーパズルを完成させるためには、与えられたピースを、早く、正しい位置にあてはめていかなければなりません。ただし、パズルの絵柄はメーカーがあらかじめつくったもので、自分で決めることはできません。
一方、レゴをやるときは、どんなパーツをどのように組み合わせるかは全くの自由です。何を完成させるかは、つくる側のアイデアや工夫に任されています。
成熟社会で求められるのは、まさにこのレゴのように、身につけた知識や経験、技術を組み合わせ、自分の世界観や人生観をつくりだすチカラです。それこそが「情報編集力」なのです。
「学力低下」が問題視されるようになって久しいですが、いまだに大人が注目しているのは、もっぱら、従来のペーパーテストで測ることが容易な「情報処理力」の方でしょう。
しかし、情報処理力は、「学力」というものを一面からとらえた「狭義の学力」にしか過ぎません。それよりも問題なのは、「情報編集力」の低下だとわたしは思います。実際、*PISA(OECDによる学習到達度調査)の結果でも、その傾向は顕著に現れていますし、今後はさらに問題になってくるでしょう。
*PISA
The Programme for International Student Assessment(学習到達度調査)の略で、OECD(経済協力開発機構)が2000年から3年ごとに行っている、国際的な調査。
対象は義務教育終了段階の15歳の生徒で、数学的リテラシー、読解リテラシー、科学的リテラシー、問題解決能力の4つの領域。いわゆるペーパーテストとは異なり、生きるための実際的な課題が出題され、自由記述問題が多く含まれる。
「読解リテラシー」においては、日本の高校生の自由記述の解答率が他国と比較して圧倒的に低いこと、文章の構造を推論して自分の解釈を述べたり、課題文と自分の知識や考え・経験を結びつけて意見を述べることが不得意であること、などがわかっている。
「情報編集力」を高めるための「5つの技術」
それでは、情報編集力を高めるためには、どんなことが大切なのでしょうか。わたしは、次の五つの技術を磨いていくことだと考えています。
1つ目は、「コミュニケーションする技術」です。これは、異質な人間と交流し、自分を変化させるための、国語的・英語的な技術です。
人の話を聞けなければ、自分の考えを変化させていくことはできません。人は先入観に支配されやすい動物ですから、コミュニケーションしながら、自分の考えを進化させることが必要です。成熟社会には、とりわけ重要な技術だと言えます。
2つ目は、「ロジカルに考える技術」。論理的な思考によってものごとを考え、筋道を立てて結論を導く、数学的な技術です。
成熟社会には、だれにでも共通するような価値観や正解は存在しません。その中で、他人を説得し、納得解を共有するには、まず論理的であることが必要です。変化の激しい社会において自分なりの対処法を見いだしたり、何か法則を発見したりする上でも同様のことが言えます。
3つ目は、「シミュレーションする技術」。頭の中でモデルをつくり、実験・類推することで未来を予測する、理科的な技術です。これは、あることがら同士の関連性を推測したり、ある事象を踏まえて未来の変化を予測し、自分の人生や仕事にいかすためには欠かせない技術です。
4つ目は、「ロールプレイする技術」。他人の身になり、その人がどう考え、何を思うかを想像し、役割を演じる、社会科的な技術です。子どもにとっては、ドラクエやファイナルファンタジーなどのゲームを通して、既にお馴染みのものかもしれません。
最後の5つ目は、「プレゼンテーションする技術」です。相手の頭の中に、自分の思いや考えと同じものをイメージさせる技術のことです。音楽や美術、技術家庭、体育などで習う「ワザ」に通じる表現技術とも言えます。いわゆる「プレゼン」として、ビジネスの場で常に体験されているお父さんも多いことでしょう。
ここまで、情報編集力を高めることについてお話しました。ただ、わたしは、決して情報処理力をおろそかにしてよい、と言っているわけではありません。さきほどのレゴで言うなら、情報処理力は一つひとつのパーツのようなものです。パーツがしっかりできていなければ、どんなによい発想や考えがあっても、それをカタチにすることは難しいでしょう。これからの社会を生きるためには、情報処理力、情報編集力を車の両輪と考えて、そのバランスが大切になるのです。
親がいかに従来の学力観から脱却し、どれだけ「柔らかな学力観」を持てるようになるか。それは、今後子どもが持ち得る学力に、大きく関わってくるのではないかと思います。

2008年3月 5日


























![親としての[よのなか]科](/img/bnr/life/life_143s.jpg)
















はじめての方

