第4回 「キャリア」の考え方
前回までは、子どもたちが成熟社会を生きるうえで必要となるチカラについてお話してきました。今回からは、そんな成熟社会での「仕事選び」について触れていこうと思います。
今回はまず「キャリア」という言葉の意味について考えてみましょう。
「キャリア」に"正解"はない
就職活動をしている大学生の中には、「どこかに、自分にぴったり合った仕事があるはず」と考えている人が、少なからずいるように思います。一見、さも正しいことのように思えますが、それは大まちがいです。最初から自分に向いている仕事など、どこにも存在しないのです。
彼らがそう考えてしまうのは、これまでの日本の教育システムが「正解主義」で来たからです。小学校から高校まで、教わることの大部分は「たったひとつの正解を早く見つけだす」ための知識や技術です。それをずっと頭に叩き込まれた結果、就職に際しても、適職診断テストの結果に頼って「自分にとって正解の会社が絶対にある」と思い込んでしまっています。
しかし、選んだ会社や仕事が正解かどうかは、5年、10年と経過して、初めてわかるものです。仕事に合わせ、自分自身を変える努力をし、それと同時に、仕事のやり方を自分に合うように変えていかないと、「自分にぴったり」の仕事にはなりません。最初から「完成品」として店に並んでいるものを選ぶ感覚で「もらった3社の内定のうち、どれが自分に合っているかな」と悩んでも、答えは出ない。仕事って、そんなものじゃありません。
このように、本当はもっと無限のチャンスが広がっているはずなのに、唯一絶対の解答を探すあまり「○○に入れば~できる」「○○を手に入れれば~できる」という「パターン認識」にはまってしまう。これはすごくもったいないことです。子どもがそんなワナに陥らないようにするためにも、親は、もっと頭をやわらかくして、子どもとキャリアについて話してもらいたいと思います。
試行錯誤する「勇気」も大事
キャリアを考える上では、ある意味「試行錯誤」することも大切だとわたしは考えています。 変化の激しい社会では、「確実な一打」を狙い澄まして打つ慎重さよりも、ハズれてもいいから数多く打ってみる、「適当な無謀さ」の方が、より有効ではないかと思うのです。
現代の社会は、日々めまぐるしく変わっています。今ベストだと思われる社会のシステムや価値観、仕事といったものが、この先もずっと変わらず続いていくという保障はありません。ゴルフにたとえれば、ティーグラウンドの先にうっすら霧がかかっていて、グリーンの穴の位置すら移動するかもしれない――そんな状態だととらえて良いでしょう。
そのようなコンディションで、いつまでも素振りをしてみたり、クラブを替えてみたり、風向きを確かめてみたりしたって、最初の一打を打たない限り、全く意味がないのです。失敗を恐れてためらうよりも、さっさと打ってカンをつかんでいく方が、カップに入れる確率はずっと高い。打ちながら試行錯誤して、その中で学ぶ方が、一発狙いで留まっている人より、絶対に強いと思います。
また、試行錯誤を繰り返すことで、「偶然」という名のチャンスを自分のキャリアにいかす能力も、自然と身についていきます。
そんなふうに、試行錯誤する「勇気」のようなものが、これから大事になってくるとわたしは考えています。「キャリア」という言葉にとらわれるあまり、親子ともに身動きがとれなくなってしまわないよう、気をつけてください。
「キャリア=積み上がるもの」という誤解
最後に、「キャリア」の考え方について触れておきたいと思います。
よく、キャリアを「積む」という言い方をしますが、わたしは、キャリアは「積む」、あるいは「アップする」ものではないと考えています。
「キャリア」は、基本的に「相続」できないものです。仮に、だれかと同じ職業に就き、同じコースを歩んだからといって、その人と同じ人生をたどることはできません。たとえ同じ仕事でも、そこで経験したことや身につけたこと(クレジットのレベル)は、人によって異なるからです。
よく「職業調べ」という題目で、今仕事に就いている人のことを調べる授業が行われていますが、ただ調べるだけでは、それこそ、さきに述べた「パターン認識」の粋を出ないまま、キャリアを表面的にとらえるだけで終わってしまいます。
それよりも大事なのは、ある職業と職業の間のつながりを考えたり、職業同士をつなぎ合わせてみたりできる「想像力」の方です。これについては、次回に改めてお話しします。
キャリアとは、「豊かな世界観」と「やわらかな人生観」とを土台に、そこから「立ち上がる」ものだとわたしは考えています。子どもが、この2つの世界をどれだけ持ち得るか、それによって、描くキャリア観に差が出てくるのです。「豊かな世界観」と「やわらかな人生観」、これら2つの世界を広げていくことが、身近な大人モデルとしての、教師と親のなすべきことだと思います。

2008年5月13日


























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